芋生さんが役者の道に進むきっかけとなったのは、高校時代に参加したジュノン・ガールズ・コンテスト。オーディションで演じた『ロミオとジュリエット』によって、芝居に興味を持ったと語ります。本格的に役者として活動するために上京した彼女は、アルバイトの傍ら、毎日映画を見続ける日々を送ります。
「友達もいないし、最初から演技の仕事がたくさんあるわけでもなくて、とにかく暇で。これではいけないと思ったので、TSUTAYAに行っては目に入った映画のDVDを借りて観る生活をしていました。たとえば、主役2人の肉体と魂のぶつかりが印象的だった『ブエノスアイレス』や、俳優さんのその時期ならではの魅力を感じられる『PiCNiC』など、映画の面白さを教えてくれるたくさんの作品と出合えた時期でした」
その後、徐々に出演作を増やしていった芋生さん。役者として演技を磨くことはもちろん、自ら映画の作り手たちに話しかけ、知識を吸収しようと動きました。
「映画を観て気になったプロデューサーさんや監督さんに、積極的に会いに行くようにしたんです。10代だったので、飲み会に混じってもソフトドリンク片手に映画について熱弁していました(笑)。その後、声をかけてもらえることが増えて、嬉しかったですね」
そんな彼女にとって、ターニングポイントとなった作品が、2020年公開の映画『ソワレ』。オーディションで主演を勝ち取った本作には強い思い入れがあったそう。
「当時、いろいろな試行錯誤を経て、時にはぶつかり合ってきたマネージャーともお互いに、やっと光が見えてきたと感じていた時期でした。そんな時に『ソワレ』という作品に出会って、『これだ! 監督と心中するつもりで、これに賭ける!』と決めました」
しかし、映画が公開されたのはコロナ禍の真っ最中。思うように興行成績は伸びません。芋生さんは、「映画は作るだけでは足りないんだ」と痛感します。
「映画の公開後、プロデューサーの小泉今日子さんや豊原功補さんと食事に行って、ボロ泣きしたのをよく覚えています。観客を動員できなくて悔しかったし、自分の演じた役を救えなかった気がして苦しかった。映画を通じて、そこに生きる人の人生に光を当てたいという願いを込めて作品を作ったけれど、観てもらえなきゃそれも伝わらない。
やっぱり映画って作るだけでは報われなくて、きちんと届いてこそ、報われるものなんだよなと感じたんですよね」
順調に経験を重ねていた芋生さんですが、一時は「このまま演技をしていて良いのか?」と迷ったといいます。それでも今は、「また前を向いた私に戻ったから、今の私を小泉さん・豊原さんにも見てほしい」と語ります。落ち込んでいた時期から、どうやって抜け出したのでしょうか。
「ずっと落ち込んでいるわけにもいかないので、まずは、自分にできることや、やってみたいことをたくさん考えました。考えることを放棄してしまうことは、自分を諦めてしまうことと近いと思っているので、とにかく逃げずに考えることが大事かなって。一歩踏み出すまでに時間がかかったとしても、『しっかり考えたんだから大丈夫』とそれまでの過程がお守りになってくれるんだなと思いました」
そして、自分1人で考えて煮詰まった時には、積極的に先輩や仲間にアドバイスを求めると言います。仕事で出会った役者の方がいれば、少しでも成長しようと質問を重ねていきました。
「自分で抱えきれなくなったら、人に聞いてみた方が良いと思います。そうすると意外とすぐに答えが出たり、自分のなかで迷っていたことにも折り合いがついたりするんですよね。先輩方の言葉を胸にしまうと、なんだか大きな自分になれるような気もします」
そうして気づいたのは、やっぱり演技が好きな自分。前を向き始めた芋生さんは、独立、自主映画の制作と以前にも増して精力的に活動を始めました。
「長い間落ち込んでいましたが、やっぱり気がついたら台本を手に握りしめている自分がいて、ここから抜け出すためには芝居が必要なんだなと自覚しました。けれど、役者の仕事は待っていても思い通りには来ないので、これはもう自分で作るしかないと映画を作ることに決めました。
同時期に、事務所からも独立しました。もっと自分の足で歩いてみたいと思ったんです。今は私が直接依頼者さんと連絡を取ることもあるのですが、皆さんがこんなに熱量のある企画や依頼をくださっていることを知って驚きました。きちんと応えたいと思うし、良いリズムができてきたように思います」
芋生さんが落ち込んだ自分から抜け出すように作った映画というのが、監督、脚本、主演を自ら務めた『解放』です。2023年春に構想を作り始め、2年の時を経て、2025年4月よりテアトル新宿で公開されることになりました。
本作のキーとなるのが、身体表現。映像のなかで豊かな身体表現が観られるだけでなく、映画館の舞台上で芋生さん自身によるパフォーマンスも行なわれるというユニークなもの。
「舞台のお仕事をした時に、遠くの席に座っている人までどう届けるかを考えた時に、身体と心の連動が大事だと感じました。だから、自分のお芝居をもっと磨くために、身体の勉強をしたいと思っていて。それに、落ち込んでいた時期には身体が萎縮するような感覚がありました。それを『解放』するような作品を作りたいと考えたんです。『ソワレ』で学んだ、観る人にもっと思いを届けるという観点でも、映画の上映後に自分が舞台で直接表現をするという試みはやってみたいと考えました」
このような上映方法を採る映画はほとんどないはず。一般的な映画のイメージからはみ出した取り組みに、芋生さんが大胆に挑戦できるのはなぜなのでしょうか。
「“ルール”に縛られているとなかなか踏み出せないけれど、やってみたら意外とできちゃうことってよくあると思うんです。今回の上映方法は劇場さんもやったことがないし、私も1人で舞台に立つのは怖いです。でも、目標のためには必要だった。やると決めたからにはやり遂げたいし、観に来てくれた人がよかったと思ってもらえるように頑張りたい。上映期間は毎日、全力でお客さんをお迎えしたいです」
役者としてデビューして10年が経った芋生さん。試行錯誤を繰り返しながら、さらに新たな一歩を踏み出そうとしています。最後に、そんな彼女が、自分を見失わないために大切にしていることを教えてもらいました。
「もちろん人にアドバイスをもらうこともあるし、それは素直に受け止めたいけれど、人からの評価で自分の価値を決めないようにしています。他人からの評価で得られたものはふとした時に無くなってしまうこともある。でも、自分は違いますよね。だから、自分で自分を愛せるまで、きちんと自分に向き合うことが大切だと思います」
1997年、熊本県生まれ。2015年のデビュー以降、映画、ドラマ、舞台などで活動。代表作は映画『ソワレ』(外山文治監督)、映画『左様なら』(石橋夕帆監督)、映画『ひらいて』(首藤凛監督)、映画『37seconds』(HIKARI)、ドラマ『SHUT UP』ほか。公開待機作に映画『次元を超える』(豊田利晃監督)、映画『ROPE』(八木伶音監督)、映画『おいしくて泣くとき』(横尾初喜監督)、連続ドラマW『災』、自身初監督作となる映画『解放』がある。
1984年、神奈川県生まれ。2014年に独立後、俳優やミュージシャンのポートレート、CDジャケット、ファッション広告、雑誌などで活躍。映画『解放』では撮影監督を務めた。
RITSUKO KARITA