速さや効率、生産的なことを追い求める日々の中で、自分が何を感じているか、ふと見失ってしまうことはありませんか? コスメブランド「rihka(リーカ)」のディレクター松田未来さんも、そんな問いを自分に向けながら歩んできたひとりです。6年ぶりのエッセイ『私が私を生きる「余白」の美学』(双葉社)を刊行した未来さんに、年齢と経験を重ねたからこそ得た気づきや、自分を満たすことから広がる可能性について、話を聞きました。
常に目の前のことに向き合いながら、前に、前に、進んできたという未来さんも、「生きていると、いろんなことが起こります」と話すように、この6年間は穏やかなことばかりではありませんでした。
「仕事での苦労も重なり、2025年には大きなケガも経験しました。でも、整わない時期があったからこそ、時間をかけることや立ち止まること、そして人とのつながりのかけがえのなさも、あらためて深く感じられたような気がします」
ここ数年のテクノロジーの進化やAIの広がりによって、今まで以上に速さや生産的であることに価値が置かれるようになっています。未来さんは、その恩恵に感謝する一方、静かな危機感も覚えているといいます。
「『生産的でないこと』の価値がすごく低くなってしまっているような気がするんです。常に早く、生産的で、完璧であること。常に受動的な状態に慣れすぎると、自分が何を食べたいか、何が心地いいか、何が好きかまでもわからなくなりそうで。それってとても怖いし、寂しいことだとも感じます」
だから未来さんは、あえて時間のかかること、そして五感を使うことを選ぶようにしているのだそう。
「例えば、アートに触れることや、小説を読むこと。面倒だけど、おろし金で生姜を削ったり、ひよこ豆の皮を1枚ずつ剥いてフムスを作ったり。すごく非生産的なんですけど、それでしか得られない豊かさみたいなものがあると思うんです。自分が何に心動かされるかはちゃんと知っておきたい。自分は何が嬉しくて何が嫌なのかを知らなければ、自分も人も大切にするのは難しい気がします」
外見が変わること、体力が変わること。年齢を重ねるにつれて訪れる変化は、整わない時期や揺らぎと同じように、避けて通れないものです。それでも未来さんは、ネガティブになることなく、あゆみ続けています。
「20代の頃は、小さなことで動揺したり、焦ったり、0か100かで判断してしまったり、痛い思いもいっぱいしてきました。でも、だからこそ経験も知恵も重ねることができたし、私は歳を重ねるほどに、どんどん本来の自分になっていくような感覚があるんです」
外見や体調を管理するのは、年齢に抗うというよりは、プロとしてきちんとパフォーマンスを出すため、そして楽しく日々を送るための方が大きいと未来さん。
「もちろん、20代、30代に比べたら、体力は落ちました。でも、10年後の自分から今を見たら、何でもできる! と思うはず。今の私だからできることがいっぱいあるような気がします」
そうした視点の積み重ねが、未来さんの独自のスタイルに表れています。
「自分らしくって、すごく難しいことだと思うけど、世間の評価は関係なく、自分が自分に納得できているかどうかが大事なんだと思います。たとえ周りに美しいと思われなくたって、自分が納得して生きていたら、それが美しい年齢の重ね方になるのではないでしょうか」
今回、エッセイを書き終えたとき、未来さんの中に新しい気づきが生まれたといいます。
「本当に名前の通り、これまで前ばかり向いてきたんですよ。でも書き終えた後にふと原稿を読み返してみると、過去の私が今の私に声をかけてくれている。誰かのためにと思いながら書いてきたことが、自分へのリマインドになっていたんです」
その都度、自分に正直に、納得できるように選んできた。その積み重ねが、やがて自分を信じる力になっていく。前を向いてきたからこそ、過去の自分が今の自分を支えてくれている——未来さんはそう感じています。
「自分の違和感みたいなものをスルーできない性格のせいで、要領がよくない面もあるんですが、だからこそ自分を信頼できるんです。何かミスをしても、後から正解にできる気がするし、その時その時で納得できる選択をしてきた。そんな自分は、"最強のバディ"なんです」
自分との信頼関係が育まれているからこそ、他者の美学や生き方も、自然と尊重できるようになると、未来さんは言います。
「人それぞれ本当にいろんな美学があると思っていて。私は静けさや余白みたいなものに惹かれるけれど、もっとパッションに溢れた人生を美しいと思う人もいるし、優しさにフォーカスしたい人もいる。力を入れたいところも、大事にしたいところも、みんな違う。そこを互いにリスペクトしあえたら、世界の見え方も変わってくるような気がします」
「私はもともと、人の喜びが自分の喜びみたいな人なんですよ」
そう話す未来さんにとって、自分を大切にすることは、誰かを大切にすることとひとつながりです。
「だけど、自分が身を削ってまですることって、きっと持続しないんですよね。例えばすごくお腹が空いているときに、持っているクッキーが1個しかなかったとする。すごく悩むかもしれないけれど、それを人にシェアすることはできると思うんです。でも、相手がそれを食べずに捨ててしまったり、腐らせてしまったりしたら、きっととてもつらくなってしまう。でも、クッキーを100個持っていたなら、それをシェアすることは容易だし、相手が食べても食べなくても、その自由を尊重できるはずです。自分が満たされていれば、与え続けることができるし、気持ちも爽やかでいられる気がします」
人のために、という想いが、持続可能でなければ意味がない。そのためにも、まずは自分を豊かに満たすことが必要。その感覚を持ちながら、未来さんは今日も前を向いています。
「生きていればいろんなことがあるし、変化も揺らぎもあると思います。それでも自分にとって光の差すことはなんだろう、と探していたら、必ず見えてくるはずです。助けてくれる人が現れたり、何かヒントをくれる本の言葉に出会ったり、ひらめきが降りてくることもあるかもしれない。そうやって諦めずにアンテナを張って日々生きている人に、光が差さないことなんてないと思うんです」
『私が私を生きる「余白」の美学』
著者:松田未来
出版社:双葉社
発売日:2026/6/10
https://www.futabasha.co.jp/book/97845753207700000000