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自分のやりたいことよりも
優等生でいることが大事だった

自分のやりたいことよりも優等生でいることが大事だった

「子どもの頃から、『優等生でいなくちゃいけない』『失敗してはいけない』という思い込みが強くあったんです。私が小学生の頃に両親が離婚して、忙しい親に迷惑をかけてはいけないんだと思っていました」

自分のためというよりは、常に親や周りの大人の目を気にしていたという石川さんは、教師を目指して、指定校推薦で大学に入学。しかし、入学後に周りに現れたのは、夢を追いかける同級生たちでした。

「大学に入ったら、みんながそれぞれの夢を追いかけて、“うまくやっている”ように見えたんです。自分との違いに驚いて、だんだん大学に行けなくなってしまって。ある時、テスト中に頭が真っ白になってしまって、先生に肩を叩かれて『大丈夫?』と聞かれて、『これはダメだ』と思い、休学しました」

当時を振り返り、どん底の時期だったと語ります。そこから這い上がるきっかけとなったのが、たまたま訪れた芝居のワークショップ。「有名になれば、ここから抜け出せるかもしれない」と感じられた場所で、こんな“お説教”を受けます。

「『お芝居って、自分の本当の気持ちがわからないとできないよ。あなたはずっと、本当の自分ではないことをしている』とすごく怒られました。確かに私はそれまでずっと、どうやったら人が喜ぶか悲しむかを気にして言葉を選んだり表情を作ったりしていました。だから、見抜かれたと思いましたね」

講師の一言で演技に惹き込まれた石川さんは、続けてレッスンに通うようになりました。とはいえ、それまでに演技の経験があったわけでもなく、演技にはもともとの自分の性質とは大きく異なる要素が必要だったともいいます。それでも、石川さんが俳優として活動をしていこうと思ったのにはこんな理由がありました。

「人前に立つのが苦手で、レッスンの時もしょっちゅう顔が赤くなっていました。そうしたら、『誰も君のことは見ていない。見られていると思っているから赤くなるんだ』と言われて。そう言われて、楽になったんですよね。だんだんと、仕事になるかはわからないけれど、自分は俳優として生きるんだと思うようになっていきました」

“俳優になりたい”わけじゃなくて、
“表現がしたい”

“俳優になりたい”わけじゃなくて、“表現がしたい”

石川さんが俳優としてデビューしたのは2017年。デビュー直後から、テレビドラマや映画などに出演し、複数作で主演も務めました。順風満帆に俳優としてのキャリアを積み上げているように見えますが、それでも葛藤の日々を過ごしていたと語ります。

「『自分が何者か』を決めないと生きていけない気がしていて、『自分は俳優だ』って強く言い聞かせていました。けれど、いま思えばそれで良い仕事ができていたかというと微妙で、自分の役のことばかり考えていたんですよね。周りの人ともうまく接せられず、自分がどう見えるかばかり気にしていました」

そんな彼女に変化が訪れたのが24〜25歳の頃。さまざまな作品に出演するなかで、周囲の人と連携しながら「良い作品」を作るのが仕事なのだと気づき始めたと話します。

次第に、もっと周りの人と話さなければと感じ、今までなら行かなかった場所にも足を踏み入れるようになります。今回訪れた喫茶店「壁と卵」も石川さんの心をほぐした場所の一つです。

「やっと人に心を開き始めようと思えた頃に出合ったお店です。店名は私も大好きな村上春樹さんのスピーチから取っているのですが、お店の方や他のお客さんも話が合う方が多くて、ここで出会って仲良くなれた人がたくさんいます。東京で初めての安心できる場所で、いまも時間があったらよく行っています」

石川さんは「壁と卵」で自身が監督・主演を務めたショートフィルム『冬の夢』の上映会や、好きな本の朗読会も開催しています。「俳優としてやっていく」と決めていた彼女が、こういった別の活動を始めたのも同じ頃だといいます。

「俳優という仕事は自分から発信するだけではどうしようもなくて、依頼あってのお仕事です。だからどうしても空白が生まれる時もあるのですが、24〜25歳の頃は、お仕事のない期間は自分が求められていない、自分がいないに等しいように感じていたんです。どうにか自分の存在を確かめたくて、自分でも何かを作ったり表現したりすればいいんじゃないかと思うようになりました」

その結果、2024年には歌手としてデビューしたり、友人の写真家と共に台湾で写真展を開催したりと活動の幅を広げることとなりました。いま、石川さんは「自分は俳優をしたいのではなく、表現をしたい人なのだ」と語ります。

「『何者か』を目指していたから俳優と言っていただけで、自分は映画を作ることにも文章を書くことにも歌うことにも興味があると気付きました。私のやりたいことって、演技ではなくても手段を変えてもできる。だから今は、空いている時間があるなら、自分でできることにはどんどん挑戦したいと思っています」

自分で自分を決めつけることをやめたら、
やりたいことが増えた

自分で自分を決めつけることをやめたら、やりたいことが増えた

自己嫌悪の強かった20代前半から、素直に自分の興味に向き合えるようになったいまを作ったのは、周りの人との対話だったといいます。

「20代前半は本当に、自分が自分であることが嫌でした。役を演じている自分、画面の中の自分だけは認めてあげられたから、そこだけ見つめて、自分が認めてあげられなかったり辛すぎて当時の自分では抱えきれなかったことは見て見ぬふりをしました。けれど、ちょっとずつ人と話したり日記を付けたりし始めて、いい意味で自分と距離が置けるようになりました。そうしたら、嫌だったことや辛かった気持ちをきちんと認めてあげられるようになって」

「自分の本当の気持ちがわからないと演技はできない」。そう言われた俳優としての原点に立ち戻るように、いまの石川さんは自身の気持ちに向き合うことができるようになったそう。

「なんとなく『これは嫌だ』『自分はこういう人間』と思っていたことをきちんと突き詰めて考えたら、むしろ興味の湧くこともよくあるんですよ。実際に、自分に向いていないと思っていたことでも、話を聞いてみたり現場を見に行ったりしてみたら、意外とありなんじゃない? と思うことがありました。そうしたら、だんだんと思い切って行動できるようになって、可動域が広がったし、わたし自身、明るくなったように思います」

笑顔で語る彼女に、思わず今の自分の方が好きか? と問うと、「前の自分も頑張っていたから認めてあげたいし、今の自分も好き」との答えが返ってきました。

「以前の自分にしかないものもあるし、変化していくことで失われてしまうものもあるんじゃないかと怖い気持ちもあるんです。それに、今もまだ完璧主義の自分と楽観的な自分が両方いて、葛藤することはあります。けれど、美しいものを美しいと思う気持ち、大切な人をきちんと大切にすることを忘れずに、これからも変化を楽しんでいきたいなと思っています」

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撮影協力

喫茶 壁と卵
@kabetotamago


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