幼稚園の頃、初めて制服を着た日のことを伊藤さんはよく覚えているといいます。
「黄色い制服だったんですけど、それが人生で初めてのみんなと同じ服だったんです。同じ服を着ると、やっぱり自分がどう違うかがはっきり見えてくる。そこで『なんか私だけ違う感じだ』って気づきました」
人と違うから嫌だ、人と違うから嬉しい、自分は特別だ──そんな感情は一切なく、ただただ「すごい確率だな」と感じていたのだそう。
「とにかく確率のことを考えていましたね。みんな普通なのに、私は何分の何でこの状態になってるんだろう?って。この確率に私は当たってしまった!って感じで、なんだか運のようなものを使い切った気がしていました」
容姿の違いから、常に周囲の視線にさらされて育った伊藤さん。見られ続けることは日常でしたが、同時に、容姿ばかりが先に立って内側まで見てもらえず、他者に距離を取られているように感じることもあったといいます。
「人に見られていない時間がなかったので、見られたくない姿や知られたくない秘密なんて、ほとんどないんです。見られなくなったら逆に不安ですよ。いないことにされるのは怖いですし、拠り所がなくなるような感覚になると思います。あまり良くないんでしょうけど、人に存在を認識されるということが、私が生きていくうえで一番大事なことなんだと思います」
中学、高校と進むにつれ、「制服を着ているとみんなのほうが良く見えて、自分を卑下することもありました」と当時を振り返ります。
「みんなが白い車だったとすると、私は最初から赤い車をあてがわれたような感じがしていたんです。制服は白い車に似合うように作られているものだったりするんですよね。私がどう引き算して白い車に寄せようとしても、もともとが赤だから、赤の情報が強すぎて。やっぱり、どうしてみんなと違うんだろう?と思う時はありました」
そんな悩みと時を同じくして、伊藤さんはアニメの世界に憧れるように。アフリカ系の人は足が速い、歌が上手い……そんなステレオタイプの真逆を行こうと、アニメのキャラクターの表情や仕草を自分に取り入れていこうという気持ちが芽生えたといいます。
「ミステリアスになりたかったんです。誰から見ても見た目がみんなと違うし、それに言及されることがとても多かったので、自分で身につけたものが欲しかった。だから、人とは違う仕草や話し方を身につけたいという願望が生まれたんだと思います。アニメキャラの仕草を家で練習していたんですけど、それは、もう開き直りというか、赤い車にでかい装飾をつけて改造車にしていくような、より自分だけのものにしていく感覚でした」
「見た目が違うのは、どうしようもないですから」と伊藤さんは飄々と続けます。縮毛矯正をしたり好きな服を着たりすること、そして文章を書くこと——自分でできることを一つ一つ積み上げてきた先に、「今の伊藤亜和」がいるのです。
「悩む時期もありましたけど、今、自分が会社に入らない働き方を選んで、自分なりに生きてきて、自分っていいなとは思わないけど、“やりようはあるな”って思えてきたんです。いろんなものに課金できるようになって、学生時代からは心持ちが全然変わりましたね。もともとアフロだけど縮毛矯正できるとか、自分で好きな服を買えるようになったとか、好きなコスメを買ってお化粧ができるようになるとか、美容ができるようになるとか……だんだんエリアが開放されて、やっとほぼ解禁されたのが今の状態です」
Twitter(現・X)やnoteで自分が書いた文章が 評価されるようになったことは、「自分の身につけたもので評価されたい」という気持ちを持っていた伊藤さんにとって嬉しい変化でしたが、同時にこんな思いも湧いてきたといいます。
「文章の評価からも容姿は切り離せないと思っているので、私の属性のおかげで評価されてるんじゃないかって、未だに自分の文章技術を疑うところがありますね。文章だけで評価されたい願望と、単純に私という見た目や存在を認知されたいという願望、どちらの気持ちもあります。今は目立ちたいという思いもあるので、顔を隠して文章を書くことはできないわけですよ」
顔を隠して、他の多くの人と同じ前提の中で評価されたい。でも、自信もない。そんな葛藤が今、伊藤さんの中にあるといいます。
「果たして私が普通の白い車だったらここまで評価されていただろうかと思いますし、せっかくここまで整えてきたので、赤い 車で自分だけのデコレーションをして目立っていきたい気持ちもあります。文章は発展途中だし、見た目に関してはある種の到達点に行きつつあるので、やっぱり容姿を推していくほうが楽なんですよね。だから、つい容姿のほうに行ってしまうんですけど、今はグラグラしながらバランスをとっています」
そんな葛藤を正直に語る伊藤さんがずっと大切にしてきた感覚があります。それは、自分の中に「これが正解だ」という軸を作らないこと。「人に見られるから嫌だ」と引きこもってしまったという伊藤さんの弟の実体験をもとにした絵本『モプーはヘンダ』にも、自分がレッテルを貼られてきたからこそ、相手を先入観で決めつけたくないという思いが自然に滲み出ています。
「容姿のことについて言及されるいわゆるマイクロアグレッションという言葉が広く知られるようになって、私がされてきたことはマイクロアグレッションだったんだとわかるようになったんです。でも、それで怒りを覚えるかって言ったら、別にそうではなくて。優しそうなおばあちゃんに『日本語上手ね』と言われても傷つかないし、ただ『ありがとう』って嬉しい気持ちになる。それが実際に私の中では起きていたことなのに、マイクロアグレッションという言葉に思い出がさらわれてしまって、これは怒りを持たなければいけないことだったんだと思うのが、私は嫌だったんですよね」
「人ってそのつもりじゃなくても誰かを傷つけることが絶対にある。それを必要以上に怖がってほしくない」と伊藤さんは続けます。
「人との関係性をどうしていくかって、まるで正解の方法があるように語られているけど、今、自分がいるところと自分が関わっている人たちとの間にしか正解はないんですよ。そういうことを伝えたかったかもしれないです。常に自分を疑うことが私の中ではすごく大事なんです。自分は間違っているっていう前提で生きているんです。この世界に絶対に正解があるとか、絶対に間違っている人がいるって思いたくないんですよね」
レッテルと向き合いながらも、自分だけのデコレーションを重ねてきた伊藤さん。与えられた色の先に、自分だけの景色があると知っているから、寄り道しながらでも前に進んでいける——そんな伊藤さんの歩みは、きっと誰かの一歩を後押しするはずです。
『モプーはヘンダ』
モプーはヘンダ
作:伊藤亜和
絵:出口かずみ
出版社:KADOKAWA
発売日:2026/5/27
https://www.kadokawa.co.jp/product/322601001419/
『モプーはヘンダ』
モプーはヘンダ
作:伊藤亜和
絵:出口かずみ
出版社:KADOKAWA
発売日:2026/5/27
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1996年、神奈川県横浜市生まれ。文筆家。学習院大学文学部卒業。note掲載のエッセイ「パパと私」で注目を集め、活動を本格化。テレビ、ラジオ出演など幅広く活動。第19回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。2026年5月に初の絵本『モプーはヘンダ』を刊行。同年8月27日には、一編のショートストーリーを織り込んだエッセイ集『魔女になりたい』を刊行。
1991年長崎生まれ、埼玉にて育つ。現在は東京を拠点に、ポートレートを中心とした様々なコマーシャルワーク・作品制作を行う。