温かいお水の柔らかさ、冷たいお水の透明さ──。アート体験イベント「五感で楽しむアート体験 ブラインドコミュニケーターとあじわうお水の世界」では、私たちが日常で深く意識することのない、お水の味わいや感覚から広がる情景をアートで可視化しました。そこに浮かび上がったのは、他者との違いを受けとめ、新たな価値観に気づくためのヒント。ヘラルボニーとアクアクララが共催したこの場に参加したモデル・文筆家の小谷実由さんの体験を中心に、ファシリテーターの阿部麗実さん(ヘラルボニー)、石井健介さん(ブラインドコミュニケーター)との対話から「未来がうるおう風景」を探ります。
「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、主に知的障害※のある作家のアートをさまざまな形で社会へ送り届けるヘラルボニー。先入観や常識を超えて、福祉を起点に新たな文化を創出しています。
※本記事では、ヘラルボニー社の公式表記に従って記載しています。
ヘラルボニーの理念に共鳴し、今回のイベントを共催したのが、ヘラルボニーデザインサーバーも展開するウォーターサーバーブランド、アクアクララです。ただ喉をうるおすだけでなく“お水”を通じて人々のくらしと心を満たす取り組みを行なってきた同社は、異彩を放つ作家のアートをまとったサーバーをきっかけに自然と会話の輪が広がり、障害や福祉が社会の日常に開いていく未来を目指してきました。
そんな両社が開催した今回のアート体験イベントは、“お水”という身近な存在を入り口に、視覚を閉ざし、味覚を通じて感じることを描いたり、話したりすることで、参加者一人ひとりが自分の感覚や他者との感じ方の違いから、新しい視点を見つける試みとして開催されました。
文筆家としても活動するモデルの小谷実由さんは、普段から「感覚を、どのように言葉で伝えるか」ということをよく考えると言います。
「Podcast番組を持つようになって、リスナーにとっては見えないものを、声と言葉で伝える難しさをより感じるようになったんです。だから、イベントのテーマにはとても興味がありました」
ファシリテーターを務めるのは、イベントを企画したヘラルボニーの阿部麗実さん。3人のブラインドコミュニケーターと共に、プログラムを進めます。その中心となるのが、石井健介さんです。
石井さんは、自らをブラインドコミュニケーターと名乗り、「見える世界と見えない世界をポップにつなぐ」活動を続けています。9年前に突然視覚を失った経験から生まれたのは、見えないことを“ネガティブ”として語るのではなく、「“違い”として面白がる」ということ。学びや気づきは、遊びや楽しさの中から自然に生まれてくる——そんな感覚を大切に、参加者同士で作品を囲み、感じたことを自由に語り合う「雑談型鑑賞プログラム」なども主催しています。
小谷さんの目の前に置かれたのは、温かいお水と冷たいお水。アイマスクで視覚を閉ざし、コップに触れたり、お水を味わったりして、参加者はそれぞれの感じたことを伝え合います。
「なぜか温かいお水が左にある方が落ち着く」「僕は右に置きたい」「冷たいお水の方がコップが小さく細く感じる」など、さまざまな意見が飛び交います。
次に、そのお水を味わってみることに。
「冷たいお水は一気に飲み干したくなるけれど、温かいお水はゆっくり時間をかけて味わいたくなる」と、小谷さん。
「温かいお水は柔らかく感じるし、ほのかに甘さも感じる。お茶を飲んでいるような気持ちにもなりますね」と、石井さんも答えます。
同じお水であっても、視覚を閉ざすことで、今までとは違う感覚が働き出します。参加者は、味わったお水から感じたことを風景として描いてみることに。マジックやオイルパステル、指絵の具など、さまざまな画材が用意されました。
「こんなふうに絵を描くのは子どものとき以来! 自由な気持ちで、すごく楽しいです」
おもいおもいに描いた「お水の風景」は、それぞれ違う色、形、描かれ方をしていて、一つとして同じものはありません。石井さんは参加者の言葉を聞きながら、見えない絵を頭の中で描き楽しみます。
「お水を飲んだときに、自分の体の中を通るまっすぐな線を感じたんです。そして、その中に自分の気持ちが浮かび上がったり、弾んだり、沈んだり、途切れたりしている様子が見えて。そんな風景を青い線と赤い丸で描きました」
小谷さんが説明すると、参加者の一人が、「スーッと流れるお水の青と、アクセントのように置かれた赤い丸に、小さい頃、水道から捻ったお水の中に指先を突っ込んで遊んだことを思い出しました」と、感想を述べました。
「その遊び、僕もやりました! すごくよくイメージできます!」と、石井さん。
それは、言葉を通じて、ある一つの共通の記憶と風景が浮かび上がった瞬間でした。
イベント後、小谷実由さん、石井健介さん、阿部麗実さんの3人が、イベントを振り返りながら言葉を交わしました。
「これまで何も考えずにお水を口にしていたけれど、 “味わうこと”に集中するだけで、こんなにも素敵な体験が広がっているんだと驚きました。他の人の意見が聞けたのも嬉しかったし、作品の表現の仕方もいろいろあって、逆にその違いから、“私はこう感じるんだ”と知らなかった自分の一面にも出会えました」(小谷)
今回のイベントを企画した阿部さんは、石井さんの一言がヒントになったと言います。
「“お水”をテーマにどんなプログラムを行うかと悩んでいたところ、石井さんから“目を閉じてお水を飲んでみたらどうですか?”と、アイデアをいただいて。そこから今日のプログラムが形になっていったんです」(阿部)
「僕自身、視覚を失ってから、自分の思い込みによる“ギャップ”に驚かされることが多くなったんです。例えば、『ずいぶん薄いな』と思いながら飲んでいた麦茶が、ただのお水だった、という経験があって(笑)。思い込みひとつで味まで変わってしまうって、すごく不思議だし面白い。その感覚を、共有できたらいいなと思ったんです」(石井)
「私たちは、『普通』という思い込みに気づくこと、違いを面白いと感じられる体験をできるだけ増やしていきたいと思っているんです」と、阿部さん。
「『普通じゃない』ということが、ネガティブにとられる機会って、すごく多いと思うんです。でも、その違いを面白がれたり、『なんで違うんだろう』『そうか、こういうことなのかもしれない』と、思いを馳せたりできるようになると、それだけで世界の見え方は変わってくると思うんです。今回のイベントでは、お水一つとっても、一人ひとり感じ方も描くものも違うのだということ、そしてそれを『面白いね』と互いに言い合える光景が作れたことを、嬉しく感じました」
小谷さんは、今回のアート体験を通じて自分の表現のあり方についても考えるきっかけになったと言います。
「見えない状態に身を置いたことで、当たり前にあるものがなくなると、今度は違うものが動き出すんだということもわかったんです。最初は絵を描くことが不安だったのに、どんどん手が動いて止まらなくなった。欠けていることはダメじゃない、むしろ新しい自分に出会えるきっかけにもなるんだって。そんな体験ができたのは本当に大きかったです」(小谷)
こうした気づきは、未来への問いかけへとつながっていきます。
「お水を味わう、絵を描く、語り合う——そんなありふれたことの中で“普通”なものはないと実感できる。それが一人ひとりの生活を、そして社会全体をうるおしていくんだと思います。でも、実際に体験できなくても、例えば私が今日のことを友達や家族に話すことで、それを聞いた人もまた意識が変わるきっかけになると思うんですよね。そうやって、つながっていけば、社会もどんどんいい雰囲気になっていくんじゃないかな」(小谷)
「違いをネガティブではなく、面白いと感じられたなら、きっと相手を想像できる幅が広がるはずです。その想像力の広がりが、社会を少しずつ変えていくし、それが“うるおう”ということなのかなと思います」(阿部)
「僕は、『嫌だな』とか『自分とは違うな』とか、そういう単純な感情で片付けずに、純粋に“相手の世界に好奇心を向けられることが大事だと思うんです。今日だって、温かいお水を右に置きたい人もいれば左に置きたい人がいて、その違いを『なんでだろう』と一緒に面白がれた。その風景こそが、僕にとっての平和であり、未来がうるおう風景です」(石井)
イベントの最後、ヘラルボニーとアクアクララのコラボサーバーを囲んで、小谷さんはこう語りました。
「お水ってみんなが毎日飲むものだし、とても身近な存在にアートが加わることで個性が生まれて、会話が広がるのは素敵だなと思いました。(コラボサーバーの作家である)輪島楓さんの切り絵のタッチにはどこか懐かしさもあって、ずっと眺めていたくなる。毎日見るたびに違う印象を与えてくれそうです」
石井さんも続きます。
「話を聞いて浮かんだのが、サバンナの水場。そこにはいろんな動物たちが集まるけれど、水場ではみんな決して争わない。安心して集まれるオアシスのような場所。まさにヘラルボニーとアクアクララのウォーターサーバーが、そういう存在になるといいですね」
小谷さんが語った「体験の力」、石井さんの「好奇心」、阿部さんの「想像力」。それはどれも、“違い”を排除するのではなく、受けとめ合うことで社会を少しずつ変えていけるのではないか、という確信につながっていきます。しかし、その未来を形づくるのは、決して大きな仕組みだけではありません。一人ひとりの小さな日常の積み重ねの先にこそ、「未来をうるおす風景」はきっとあるはずです。
アクアクララ×ヘラルボニーサーバー公式サイト
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